人形町・ラ・フェニーチェ 8つの顔を持つ食材~南部せんべいでイタリアン・前編~
「千の顔を持つ男」はアメリカ映画、「7つの顔を持つ男」は多羅尾伴内。そして、南部せんべいは8つの顔を持つ食材。
先月、自分が参加した青森食材の試食会のテーマが「南部せんべい」。
南部せんべいと言えば、せんべい汁として食べたり、これをお皿の代わりにして鯖缶を乗せて食べたり、2枚のせんべいで赤飯を挟んで「こびりっこ」として食べたり。「やませ」の影響もあり米が栽培しにくい環境の南部地方で、昔から栽培されていた小麦を使って作られていた主食。
そんな生活基盤に根付く食材だけに、最近、テレビや雑誌、電車の中つり広告等で紹介されている米粉料理のごとく、「これ以上のアレンジは、○○の代用品としての魅せ方になってしまうのでは?」という印象を受けたのが、テーマとメニューを見て感じた正直な気持ちだった。
ただ、出てくる料理一つ一つに対する見て食べてを通じて、その印象は変わった。
・ホットアップルサイダー
食前酒ならぬ、食前サイダーとしてサーブされたのが、浪岡の名物・ホットアップルサイダー。
完熟りんごの甘さが、ストレートに伝わる濃い味になっているこの一杯が、食前向けの味にアレンジされて登場。レモンを少し加えて、口当たりの軽さを生み出し、そこにホイップのコクが合わさることで、一見ビールのような姿でありながら、完熟りんごの底力を爽やかに伝える一品に変化していた。
・自家製てんぽせんべい
次に、七戸町出身のシェフがお店で手焼きした「てんぽせんべい」。パリパリとしたの南部せんべいに対して、てんぽせんべいは、焼きたての姿はモッチリとした姿。熱で表面が固まった層と、中がお餅のごとくになっている層が、目でくっきりと見て取れる。
これに黒胡麻や松の実、あるいはドライイチヂクが配合されており、口の中に広がる香りの変化や、酸味やコクといった各々の味が、モチモチとしたせんべいの楽しさを膨らませる。
・前菜の盛り合わせ
これと併せてサーブされたのが、前菜のプレート。シャモロックやアピオスといった、青森食材盛りだくさんの色鮮やかな一皿は、青森に点在する食材の多彩性を凝縮したかのような姿。
・南部せんべいのブルスケッタ3種
普段見慣れた南部せんべいの上に、3種類の食材がプレートに盛られてきた姿。元々、イタリアの郷土料理であるブルスケッタのパンを、南部せんべいにチェンジした一品だ。
上に乗る3種類の具材は、シャモロックのレバーペースト、八戸前銀鯖の青森ニンニクソテー、そして同じ鯖のタルタルというラインナップ。
ブルスケッタも、冷えたパンを食べるための工夫で生まれた料理。主食として生まれた南部せんべいと共通した「生活の知恵」の要素を持っているだけに、これはイタリアンという解釈を抜きにして、鯖缶を乗せて食べる普段の食卓の感覚で、口に美味しさが入ってくる。
ちなみに、今回の試食会では「八戸タイプ」と「三戸タイプ」の2種類の南部せんべいを、料理によって使い分けている。この料理は後者を使っており、生地の薄さが生み出すサクッという心地いい音から、喉に到達するまでの流れが、リズミカルに展開する。
・南部せんべいのピッツァ3種
ブルスケッタがあれば、ピザもある。ということで、次に運ばれてきたのが、ゴルゴンゾーラがふわっと香るピザ。
薄い緑色の殻を持つ「あすなろ卵」を使ったビスマルク、マルゲリータ、そしてりんごとゴルゴンゾーラ。ブルスケッタが三戸タイプのせんべいを使っているのに対し、ピザでは八戸タイプを使っている。
生地の厚さが5倍10倍といった具合に、一目で分かるような差がある訳ではないが、重量感のある料理として食べると、なるほどと納得してしまう。
食材の合わせ方にしても、特にゴルゴンゾーラとりんごのような強烈な印象を与えるものになれば、生地が重くなりすぎず、トッピングの具材のインパクトを引き出すには、八戸タイプのせんべいはベストマッチング。
個人的には、これをてんぽせんべいで作ったらどうなるだろうかと思いつつ、そうなると焼き加減に職人技が要求されることが目に見えるので、ちょっと難しい料理になってしまうのかも。とも思った。