三重県伊勢市・まめや うどんが「伊勢うどん」になって。
ある夏の朝、東海道新幹線で名古屋に向かい、
人波に溢れたJRの改札を抜け、
近鉄の改札にたどり着くと、
こちらも人波で溢れていました。
5歳ぐらいの時に、親戚一同と旅行で訪れて以来の三重県。
フェリーに乗って、夕食に一人だけ子供用のオムライスを食べた。
当時の記憶は断片的なものしか残っていません。
初めての伊勢志摩ライナー、
サロンカーの豪華なソファーに身体を委ねて
眺める大きな窓越しの空。
無数の川を超えて伊勢に向かう時間は、
既に童心に戻っていました。
手に持っていたのは子供の頃のようにサイダーではなく、
ビールでしたが。
もちろん、当時は伊勢の料理に関する興味関心なんてまったくなく、
伊勢うどんなんてまったく知りませんでした。
伊勢地方の食卓にとってみれば、
うどんとは東京人で言うところの「伊勢うどん」。
いわゆる当たり前のように食卓に登場した料理。
それをこのお店が昭和42年にデパートの催事の際、
伊勢うどんとして名付けたのが、この名前の起源なんだそうです。
もちろん、注文するものは決まっています。
ただ、伊勢うどん定食というお好み焼き定食に似たメニューが、
どうにも気になってしまったので、こちらを注文してみました。
立ち上る湯気に包まれた太い麺、
見た目にふわふわの食感。
ずっと本場で食べたかったものが目の前に来ると、
背筋がピンと伸びるものです。
そこに、ご飯と煮物にお漬物。まさに定食です。
おつゆの代わりに伊勢うどん。
でも、液体が少ないのが伊勢うどん。
考えてみるとすごいことです。
とはいえ、一般的に言われる伊勢うどんに比べてタレの量は多く、
底からかき混ぜるとドロリというより、
とろりした感じで麺と馴染んでくれます。
見た目は太いけど繊細な麺。
少しずつ啜って口に運ぶと、
溜まり醤油の甘さと濃厚な出汁の旨味が合わさった味。
見た目からは濃さが強く想起されそうですが、
麺だけならず記憶に絡む味わいに、
一口で虜になってしまいました。
テーブルに運ばれて来た揚げ玉を加えて啜り、
煮物を口にしながら啜り、更にしっかりかき混ぜて啜る。
食べるのが楽しいうどんだなぁ・・・と、改めて感じるばかりです。
で、ごはんとタレが残ったところで、やるべきことはただ一つ。
いやぁ・・・これは旨いです。
この食べ方は罰当たりなのかもしれませんが、
食欲に従わないこともある種の罪作り。
やらない後悔よりもやって後悔。
それは料理にも言えることです、きっと。
400年以上食べ継がれて来たとされるこのうどん。
農家の食卓で食されていた料理が、
伊勢参拝のお客さんに対するおもてなし料理になっても
姿を変えることなく、むしろそのままの姿が
今も参拝客の心と空腹を満たしています。
あたりまえですが、
食文化と地域の文化は切っても切れないもの。
やわらかなのにブチッと切れることがない強さは、
このうどんがしなやかで芯の強い食文化であることを
体現していると思ったのです。