【三重県伊勢市・丸与製パン】うれしいときの傍らには、いつも固パンがある。
伊勢うどんを食べたその足で、伊勢市内を散策します。
静かな街中の一角で、白石持ち行事の出発を待つねぶた風上せ(のぼせ)車を見つけて、「ねぶただ!」と驚きと喜びがミックスした気分になったりしつつ、じわりじわりと照りつける太陽の下、目的のお店に到着しました。
丸与製パン所。このお店のことを、今回伊勢をご案内いただくこちらの方に伺ったり、名物の「固パン」のことを調べれば調べるほどに、行きたくて恋しくてたまらなくなったのでした。
大きな開き戸で受け止める陽の光、どことなくパンの色をした、ふっくら丸ゴシックで描かれた店名。店頭に飾られた伊勢神宮のお飾りも合わせて、製パン所という言葉がしっくり来る佇まい。
ガラス戸の先にうっすら見える商品ケースに、一秒でも早くたどり着きたいと思ったものです。
店内に入ると製パン所ということで、白衣を来たバリバリの工場長風の方が出迎えてくれると思いきや、焼き立てパンのように、ふんわり穏やかなおばぁちゃんが出迎えてくれました。
ガラスケース越しに、銀色のトレーに置かれたパンの姿を凝視すると、種類の豊富さ以上に、一つ一つのパッケージの可愛さに感嘆してしまい、ジャケ買いならぬビニ買いしたくなってしまいます。
どこの地パンもそうなのですが、街の人に愛される時間が長いゆえ、なかなかフォントやデザインは、大胆にモデルチェンジされることが少ないもの。でもジャムパンや小倉パンあるいはハチミツパンといった、菓子パン袋のデザインはいわば地域のシンボル。そして手軽に買える笑顔の源。その姿を簡単に変える理由はないでしょう。
自分が地方に行く度にこういったパンをお土産にするのは、きっとそんな生活の一端に触れたいからなんだと思います。
そして、棚の上に見つけました。一番の目的だった固パン。
固パンは、伊勢市内では結婚式や卒業式、あるいは運動会や神事といったお祝いの際に配られる、いわば紅白饅頭のような存在。固さもお店によって少しずつ違いがあるようですが、ここの固パンは少し食べやすいタイプのようです。
ということで、これとビニ買い目的のパンを二つ、そして一つだけ残っていた桃パンを買うことに。
固パンと桃パン、そしてビニ買いした、ケーキパンやクリームパン。伊勢の食卓が遊びに来てくれました。
早速、固パンから。半分にしても確かに固い感じはあまりせず、爪で弾くと軽めにコンコンと響きます。
じんわり口の中に広がるのは甘食のような甘さ。鼻腔まで小麦の香りが届くと、一口でやさしい気持ちになります。食べ進めるにつれて、スポンジのように口中の水分を吸い取るかと思いきや、そんなことなく、むしろ甘さの幸せが積み重なるだけです。
そして桃パンに手を伸ばして半分にすれば、桃太郎ではなく白あん太郎のお出まし。上品な甘さを生地が包み込んだ和菓子のような味わいは、珈琲にもピッタリの一品です。
クリームパンの甘さと砂糖とジャムの組み合わせだったケーキパンも、複雑で重たい味ではなく素朴でシンプルな味。おばぁちゃんが孫に食べさせる姿が目に浮かびます。
製パン所で作られているのはお客さんの笑顔と歴史の源。街の文化にここまで深く浸透しているパンに出会う機会、なかなかありません。