島根県隠岐の島町 炉端 味咲 魔法使いの手
隠岐の島の夜、
宿泊先のホテルから車で向かったのは隠岐空港方面。
広々とした空の姿はもう見えず、
しかも向かう先は繁華街とは反対方向。
「???」の文字が頭によぎる中、
到着したのは一軒のお店、というよりはお宅。
大きなしゃもじがあれば、ちょっとしたヨネスケ気分。
不思議な感覚のままで案内された部屋には、
大きな炭焼き網が鎮座し、それを囲むように掘りごたつ式の席。
傍らには、既にいくつもの魚介類がスタンバイされています。
一日一組しか味わえない、隠岐の島の恵みをいただきます。
まずは、たっぷりの前菜から。
島名物のバイ貝を始めとした地魚のお刺身と濃厚な肝。
中でも、一番箸が踊ったのは、ハバノリとナマコの和え物。
隠岐の島のお正月に欠かせないという一品は、
コリコリした食感と磯の香りが織りなす、
産地ならではのもの。
新鮮で強烈、正に鮮烈な記憶を刻んでくれます。
そして、網の時間が始まります。
オープニングは、大きな牡蠣のホイル焼き!
白バイ貝やサザエ、あるいはアワビ。
多種多彩な貝が豊富に獲れる隠岐の島、
旨い貝が生まれる自然環境が揃った地だから、
もちろん岩牡蠣だって獲れるんです。
つまんだ感触はまるで水風船。
大振りな姿にジューシーなエキスが、
ぎっしり詰まっているのが伝わってきます。
もちろん、噛めば旨さが爆発!
季節的には保存しておいたものと思しきなのに、
瑞々しくてパワフルです。
次に、茄子とピーマン、そしてサザエの味噌炒め。
昔から、この島では貝類は肉代わりに使われることが多く、
牛肉の代わりにこれを使ったすき焼きなんて料理も、
あったようです。
東京の人間にとってみれば、サザエのほうが貴重なのですが、
こっちにしてみれば普段着食材。
そこに絡む優しい旨さの手前味噌。
もし、これが常備されている定食屋さんが、
自分の生活圏にあれば、毎日がもっと嬉しくなりそうです。
そして、網の上にゴロンと並んだ楕円の物体。
ホイルに包まれたその正体は…
大きなアワビ!しかも、一人一つです!!
あらかじめカットされたところに、
醤油の香りがしっかり馴染んで、
噛めば噛むほどに旨さが踊り出します。
もちろん、バイ貝だってこんがりと。
一緒に焼いた椎茸も絶品!
そして、魚はキンキン。
小型ですが脂はしっとり、でも切れ味しっかり。
身の旨さと脂の甘さが混ざり合った煙も、
ごちそうです。
そして、締めの一品。
おばぁちゃんが一つ一つ握ってくれたおむすび。
ここ隠岐の島は、海産物や野菜だけならず米も美味しく、
フェリー乗り場近くの直売所で買った、
藻塩米ったら抜群すぎて困ってしまいました。
もちろん地元でも、もずくがたっぷり入って、
アゴ出汁の旨味でふっくらした、
もずく雑炊なんて料理も名物。
丸い隠岐の島で育まれたお米でできた三角おむすびが、
網の上でこんがり焼かれます。
ここに取り出されたのは、
たっぷりのお味噌。
中身はなんとウニ味噌!!
貝が旨けりゃ海藻も旨く、
海藻が旨ければもちろんウニが旨い。
自然の三段論法で育った黄色い宝石がたっぷり。
おかみさんの手で焼き立てのおむすびに、
たっぷりウニ味噌が塗られれば、
隠岐の島名物・焼き飯のできあがりです。
お米が旨いからだけじゃなく、味噌が旨いからだけじゃなく、
両方が美味しく、その美味しさが昔からしっかり根付き、
笑顔の源であったからなんでしょうね、心の中に染み込んできます。
満腹と満足で満たされた時間もそろそろ終わり。
このお店はなんと送迎までしてくれるんです。
ホテルに到着して、運転してくれたおかみさんと、
握手させてもらいました。
それはまるで魔法使いの手。
この感触と温もりで地域の味が作られていることを思うと、
愛おしくなってしまい、手を離したくなくなります。
でも、また行けばいいんです、四季折々の魔法に会いに。