岩手県盛岡市・「北いわてのごっつぉ」 神が居る町家と、神話のごとく語り継がれて欲しい味。
3月の盛岡。
公園に流れるお濠の色が、
朝の気温を物語っています。
岩手銀行の旧本店を横目にしつつ向かう先は、
盛岡の鉈屋町(なたやちょう)。
盛岡藩と仙台藩の回米輸送が行われていた北上川舟運の時代、
船頭さんが住居があって栄えていたというこのエリアには、
今も盛岡町家が残り、歩いていると不思議な懐かしさを感じます。
少し早足気味に歩いて到着したのは、
明治時代の町家を改修した大慈清水お休み処。
大慈清水とは水場のことで、
この日も地元の方がタンクを持ち込んで、
飲み水を汲んでいました。
そんな場所で開催されるのは、
北いわての伝承料理を食べ継ぐイベント「北いわてのごっつぉ」。
今日は、そのお手伝いをさせていただきます。
かつて、八百屋さんだった建物の内部は、
リノベーションが施されていて、
見世(つまり店です)と呼ばれる空間では、
雛人形が旧暦ひな祭りの訪れを待ち、
その横には地元の作家さんによる工芸品の展示販売がされていました。
見世から一段登って、常居と呼ばれる場所から見回すと、
その天井の高さに驚いてしまいます。
この場所は、家の主人が常に居る場所。
だから、家の方であっても礼をもって入る空間なんだそうです。
さて、台所から暖かい香りがしてきました。
大きな鍋では煮しめが作られています。
フキや凍み豆腐、あるいは凍み大根といった、
保存食材がたっぷりと入った鍋からは、
美味しい湯気が立ち上っています。
こちらでは、蕨や姫竹が盛られています。
ピンと張りのある姿、それだけで芸術品。
そして、色鮮やかなほうれん草。
濃い緑は美味しさの証。
ここからは、台所が手狭になってしまったので、
男性は外に退却することに。
このイベントでは、手作りの郷土菓子も販売していますが、
この日は葛巻町の「みち草の驛」さんが作られたもの。
おはぎに大福、豆しとぎにかますもち…
これだけの種類が一堂に会することは、なかなかありません。
さて、この日のお献立は雑穀入りのご飯、おそば、
煮しめに山菜、そしてほうれん草と赤蕪の漬物、
食後の甘味もお忘れなく。
まずは、「森のそば屋」さんの手打ち蕎麦から。
ずずっと啜ると、蕎麦の芳醇な香りと、
出汁の美味しさが一気に広がります。
次に煮しめを一口、
グシュグシュと独特な口当たりの凍み大根には、
煮汁がたっぷり。
雑穀入りのご飯をハフハフしながら、
ちくわを食べたりフキを食べたり。
止まりません。
山菜の楽しい歯触りを楽しみながら、
ほうれん草の濃い味に感心し、
更にお漬け物でご飯が進む。
シンプルなお膳だから食材の美味しさが際立ち、
シンプルだからお箸が止まりません。
そして、食後の豆しとぎが美味しいんです。
青豆と米粉を混ぜ合わせたお菓子なのですが、
夏真っ盛りの日に枝豆に伸びる手が止まらないごとく、
豆の甘さが一気に広がります。
常居には、大勢のお客様。
実は、この空間には神座の空間として、
神棚が備わっています。
当然、神棚の上に二階部分を乗せることはありません。
だから天井が高い盛岡の町家は、
「神の居る町家」として呼ばれるものなんだそうです。
考えてみれば、食文化も所変われば違う呼称だったり、
色々な特長をもっていたり。
語り継がれていくべき話が、たくさんあります。
ところが、地域の女系伝承料理はあまり語られることがありません。
それは、家庭の味が語られること自体に、
あまり積極的である理由がなかったのかもしれません。
でも、このお膳を召し上がったお客さんの声は、
「美味しい」だったり「懐かしい」だったり。
やっぱり、いいものはいいんです。
どこかで味に触れた記憶を持つ遺伝子には逆らえません。
そんないいものを食べ継ぎ語り継ぐお手伝いを、
これからも続けていきたいと、改めて思った日なのでした。