2011・春の弘前_その3 しまやさん。
夕方4時ぐらいの時間に、このお店のカウンター席で飲んでいるお客さんは、
たいてい自分と同じく、県外から来たお客さんということが多い。
居酒屋本で紹介された記事を見て、このお店の暖簾をくぐるお客さんに、
津軽弁で弘前のことやお店の料理のことを話しながら、
お店を手伝う地元の大学生の子に、次にやるべきことをタイミングよく指示する。
このお店を手伝う子には、東京的な子はおらず、
なんというか、このお店らしい子がいつも手伝っている。
もちろん、実の娘さんという訳ではないのだが、
その様子を見ていると、笑顔で「はい、ウチの娘です。」と、
おかみさんが言っても納得してしまうと思う。
(そして、そんな時にぴったりの津軽弁が、
自分の頭の中に文字として浮かばないことが、ちょっと悲しい。)
例えば、大鰐温泉もやしを炒めたり、
つぶと凍み豆腐の煮物の味を確かめたり。
いつ訪れても、おかみさんの仕事は変わらない。
棒鱈や身欠きニシンの煮付けは、いつでもお店の顔だ。
ここに、季節ごとの海の幸、山の幸が並ぶ。
春だったらこごみの胡麻和えに寝曲がり竹の煮物、タラの芽の天麩羅、
夏だったらミョウガの味噌田楽、
秋だったらキノコの料理、
冬だったら真鱈のじゃっぱ汁。
年に2回ぐらいしか作らない「けの汁」に
出くわしたらそれはもう幸せもの。
桜まつりの時期に来ると、
おかみさんはいつもガサエビを用意して待っていてくれる。
弘前の花見に欠かせないのはこれとトゲクリガニだ。
お店が忙しくなる夕方5時に近づくに連れて、
ホーロー製のバットに盛られる料理の数は、
一品また一品と増えていく。
そこから立ち上る湯気を見ていると、
つい、待ってましたとばかりに注文してしまう。
腹八分目なんて言葉はこのお店に来たら忘れてしまおう。
それから数分ぐらい経つと、いつものSさんが暖簾をくぐって、
カウンターの一番端に座る。自分が注文したものなのに、
Sさんが食べている姿を見ると、なぜだか美味しそうに見えてしまう。
無口で料理を食べる、お酒をくいっと飲む。
自分の楽しみ方を持っているから、
急いだりすることなく、いつもの時間を楽しんでいる。
ところで、しまやのおかみさんは、
かつて製菓学校に行っていたので甘いものが大好き。
この日に自分が教えてもらったのが、
弘前の老舗である開雲堂の「つともち」というお菓子。
花見の時期にしか作られないという春の味は、
大人になればなるほどうれしくなる、上品な甘さでできている。
お勘定をしてお店を後にする時、
ごちそうさまという自分の顔は赤らんでいて、目も少し赤くなっている。
それは、このお店のおかげで少しだけ飲めるようになったお酒と、
おかみさんの料理や笑顔から、ちょっとだけ離れなきゃいけない寂しさのせい。
Sさん、うらやましいです。