北海道第二の都市・旭川。場所柄ラーメンや寿司の文字が踊る繁華街から一本外れた静かな路地裏。静かに佇む昔ながらの木造家屋に、煌々と輝く寿し処の看板。
暖簾をくぐると「いらっしゃいませ」と、優しい笑みと共に出迎えてくれたおかみさん。
「いやぁ、いい魚がなかったら今日も休もうかと思ってたんだけどね」
一見客の自分にも気さくに話しかけてくれるご主人。齢70を超えているのでは? と感じさせるのに肌ツヤよく、カウンターに立つ雰囲気は一流の仕事人にしか出せないもの。
「おまかせでお願いします!」
と自然に声が出たのは、今思えば当たり前だったんだなぁと。
「じゃあ、まずはヒラメとボタンエビから。ヒラメは7時間ぐらい寝かせてあるからね」
少し厚めに切られたヒラメの弾力が、空気を湛えたシャリと一体になると、舌にネットリと絡みつつ舌の温度で少しずつ旨味がとろけだしてきます。
そして、大ぶりのエビからとめどなく溢れる甘さ。「うぉ…」と静かに唸るしかありません。
「やっとこのサイズのホッキ貝が入ったんですよ」
と、ホッキ貝とホタテのコンビは、北海道ならではの組み合わせ。身の弾力やピンと立った貝柱のしなやかな肉質、そして甘さの濃度が桁違い。風味豊かで香りもしっかり。貝って旨いなぁ…と、再確認させてくれます。
タラの白子。臭みゼロ、すっきり。薄皮が静かに弾ければ、あとは濃厚なコクが泉から少しづつ流れるだけ。そこに一点の濁りも重たさもなし。
お次は、大トロ、いくら、そしてウニの大三元。口の温度で少しづつ染み出してくる切れ味のある脂に、たまらず「うわぁ…!旨い!!」と声が。
「やっぱり、身から脂が浮かんでこないうちに、早く食べてほしいんですよね」
と、おかみさんは言う。寿司を食べてて褒められたのは初めてでうれしい。たんに早く食べたかっただけなのに。
「今日からヤリイカが入ってねぇ。まだこの時期だから小さいんだけど」
握りからはシャリが見えそうなほど澄んでいて、味も見た目と同じく純粋。こんなにイカって旨いんだ…と、心に刻みます。
傍らに置かれたのはミズダコ。際限なく伸びんとするゴムみたいな弾力が、一番の個性な感じがするものですが、これはしっかり噛み切れる身の瑞々しさにすっきりした甘さが凝縮。吸盤の弾力も心地よし。
こんなに大きな穴子が出てくるなんて…! 丁寧に煮が入った身はフワフワ、煮詰めの味も穴子の風味を際立てる加減。ネタが持つ良さを引き出す技がスゴい!
煮詰めものをもうひとつ。大きなシャコを頬張れば、ハリのある肉質から滲み出すエキス。
締めはしめ鯖。脂しっとり、心うっとり。あぁ…たまりません。
「ウチの店は、名字の吉と修行先の店の屋号から元を取ってるんですよ」
「ほら、元って最後に上に向かって跳ねるじゃないですか。なので、縁起がいいと思って」
最上級のネタと仕事、そして気さくで優しいご夫婦の軽妙なやりとり。もう、旭川で寿司を食べるなら、ここしかありません。あぁ…次は数の子も食べたいなぁ…