岩手県釜石市・新華園本店 釜石ラーメンという名の生き字引。
食文化に関する講演のお話をいただいて、
初めて降り立った釜石の駅。
油絵のように彩やかな青空、ひんやり心地いい空気、
そして透明に澄んだ大渡川が迎えてくれました。
駅から中心地に向かって県道4号線を歩くと、
あの日の爪痕が至る所に残っています。
ここの両脇にはいくつもの商店やオフィスビルが立ち並び、
市民の生活拠点として、商店街が構成されていたそうです。
今、新しく建った飲食店はあるものの、
大半を占める空地を見る度に、なんとも言えない気持ちになります。
あっという間に飲み込んだ水の威力を、感じざるをえません。
そんな4号線沿いにあるのが、このお店。
「新華園」の大きな看板が足を止め、
視線を青い空に向かわせてくれます。
店頭の暖簾は、瓦礫の中から見つかったもの。
30年以上お客さんを出迎えていたシンボルもまた、
津波によって姿を消していました。
ですが、まるで運命のように姿を現し、
ほとんどが無事だったという器にも導かれて、
市民の方が再開を待ち望んでいた味を、再び提供し始めました。
テーブル席に座ってメニューを見ると、
目を惹いたのは釜石ラーメンの文字。
これを食べないわけにいかず、これが食べたかったのです。
運ばれてきたラーメン。
その特長は何といっても極細麺。
澄んだスープの中に泳ぐ姿は芸術的です。
ただ、昔から釜石の中華麺がここまで細かったという訳ではなく、
これはお店のご主人のお父さんが、昭和30年代に考案したものでした。
製鉄所で働く方は毎日が体力勝負。
昼休みを満足に取れないほどに忙しく、
飲食店でもできるだけ早く、料理を提供する必要がありました。
そこで生まれたのが、茹で上げ時間が短い極細麺を使ったラーメン。
これが釜石ラーメンです。
ただ、このお店ではメニューには「ラーメン(釜石ラーメン)」と記されています。
つまり、地域にとっての当たり前なラーメンがこの姿。
そういうことなんです。
それが食べ継がれて約60年、家族構成で考えれば3世代目。
由緒ある素晴らしい食文化。
今ではこれを提供するお店も約30軒あるといい、
地域の生活環境によって誕生したラーメンは、
地域の生活必需品になっています。
箸で引き上げれば、細丸麺ではなく細平の麺。
驚いたのがハリの強さ、そして啜った瞬間に唇を駆け抜けた独特の感覚。
しかも、最後の一本まで伸びることなく、しなやかに唇を駆け抜けます。
そして、鶏ガラや豚骨のベースが醤油味に染まった、琥珀色のスープ。
口にすれば薄化粧で実直な味が、やさしく身体を包み込んでくれます。
麺とのバランスもよく、毎日食べても飽きがこない。
食べて疲れる味じゃなく疲れを癒す味。
食卓に並ぶお味噌汁のように、いつも寄り添って欲しい存在です。
ところで、ランチタイムには半チャーハン付きのセットもあり、
自分もこれにしました。
チャーハンと言えば欠かせないのはスープですが、
このラーメンのスープが最高のマッチング。
完ツユ完食当たり前です。
店頭には数枚の写真、そしてラーメンの写真が掲げられています。
あの日の記憶と受け継がれる味の姿は、未来に語り継ぐ生き字引のようです。
新しく生まれ変わる釜石の地で、
色々な料理や食文化も生まれると思いますが、
それはクラシックがあってこそ。
琥珀色のスープは、未来の釜石を照らす朝日の輝きです。
「極細麺を束ねて太い絆を作る。」
一人でも多くの方がこの麺に触れて、
太く、どこまでも太い絆が生まれてくれればと、
願わずにいられません。